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泥のような

菩薩と子供のはなし

度量衡

有難いことにうちの人は、好きだ、とか愛してる、とか割と言葉にして言ってくれる。世間の平均は分からんが多分相当な頻度で言葉で伝えてもらってると思う。そういうときは決まって「うちの方が好きやで」と返しておったのですが最近やめた。「有難う」とか「嬉しい」とか「うちも好きやで」にして、比べるのをやめた。なんとなく。

 

まあ事実としてわたしの方が貴方のことを考えてる時間は長いけれども、それはわたしが今たまたま学生という身分で時間を持て余しているだけであって、仕事を始めたらそんな余裕はなくなるのかもしれない。考えてると言っても堂々めぐりを延々と繰り返しているだけで、大抵の場合、自分の力の及ばないところで彼が負う色々を呪っているか、週末のセックスを思い出しているかどっちか。

 

先に好きになったのはわたしなので、わたしの方が好きだとも思うし、頭に浮かべてる時間が長い分好きだとも思う。未だに「わたしの方が気持ちが大きい」と思ってはいるが、もしかしたら、発露の形が違うだけで思慕の多寡はそれでは計れないのかもしれない、と今日思った。彼の頭の中に自分が少しでも住んでいるならそれだけで幸せで、それが一番の幸せなのだ。