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泥のような

菩薩と子供のはなし

Don't think, feeeeeeeeeeeeeel!!!!!!!

あれだけ大泣きして迷惑かけてずっとずっと何回も言われてきたことをまた言ってもらって1週間経って、やっとちょっとだけ分かってきたかも。今回のことを嚙み砕けてきたってのもあるし、1年以上経ってようやく自分に向けてもらえてる気持ちを正面から見れるようになった、ような、気が、する。

 

あの酷い大泣きからものすごく頻繁に電話をくれるようになった。日に2回とか、流石に嬉しい。へへへ。未だに「あんなにめんどくさいこと言ったから気遣ってんちゃうか」って思ってしまうけど、ほんのちょっとだけ、「ああ、この人はほんまにわたしのことを感覚で好いているのかもしれない」と思えてきた。まだなんで自分がこんなによくしてもらえるのかは分からんしワガママ言ってしまったり上手くニコニコヘラヘラしてられへんかったりするときは不安になるけど、「好きやからそういうことしても捨てんとおってくれるんかな」ってちょっとだけ思えるようになった。これ、自分の中ではすごい進歩やと思う。笑

これまでもずっと相手のことは信じてても自分に自信がなかったのだ。「愛してる」の言葉には何の疑いもなかったし嬉しかったけど、「そんな言葉をかけてもらえる自分」がどうしても信用できなくて自家中毒になってたわけ。それを、ようやっと、「あっ別に理由とかないんかも、ただ好きなだけかも」ってわずかながら思えるようになったりなどしました。例えば顔とか性格とか立ち居振る舞いとか、そういった個別の理由じゃなくて「わたし」を単純に好いてるだけなのかも。まあ、前からそう言ってらっしゃるのをわたしが聴いてなかっただけってのはあるんですけど。笑 翻ればわたしだって多分そうで、そらまあ好きなところ挙げろって言われたら具体的な項目にできるし隣にいてくれるその「場」みたいなものが好きなんやろうけど、でもやっぱり「好き」なこと自体にはあんまり明確な理由はないのかもしれない。最初から「この人とは仲良くなりたい」って思ってたけど、そこには理由なかったしね。もう少し素直に、何も考えずに気持ちを受け止めることと気持ちを伝えることを覚えよう、と思う。伝える方はもうちょっとまだ時間かかりそうかな。笑

 

(それにしたって酷いのろけだなア)