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泥のような

菩薩と子供のはなし

無題

色々分析した結果、多分2人になりたかったんやとおもう。わたしだけを見ててほしかったっていうワガママ。そういう理想を言うなら、それこそ黙ってやり遂げなあかん話で、一番言ったらダサい人に一番言ったらダサいこと言ってしまった。後悔してるし反省もしてる。申し訳ない気持ちばっかり湧いてくるや。

 

癖というか性格というか、「自分は好きでも向こうは自分のこと好きじゃないやろう」っていうの、誰に対してもいつまで経っても抜けへん。だから、「構ってもらえて嬉しい」の次に「なんでこんなに優しくしてくれるんやろう」がすぐに出てくる。貴方の隣にいてて恥ずかしくない自分でないと興味なくされてもしょうがないし、自分よりしんどくて忙しい人やからちょっとでも重みを背負わせたくないと思ってしまう。そらそればっかりってわけにはいかんでも、いつだって会えばにこにこへらへらしてたいよ。普段ずっと頼ってしまってるのも分かってるから、会ったときまで嫌な話も聞かせたくないし機嫌よく楽しいときを共有できたら、と思っている。できてないけど。

 

自分でも分からん話やのに、しかもぼろぼろ泣きながら言ってて、そんなん意味分からんやろうに、優しく丁寧に聴いてくれて、そんなこと思わんでいいって、おれはそんなこと思ってないからって、時間割いてるんじゃなくて共有するもんやからって言ってくれるの、優しすぎる。ほんまに。なんでそんなに優しくしてくれるの。こんなに優しくされて甘やかされたら、貴方なしではもう立たれへんくなってしまう。よ。凛としたわたしでいたいけど、やっぱり根が甘えたやからそうやってぐずぐずに溶かされてまどろんでいたくなってしまう。弱いなぁ。

 

でももういい加減やめよう。

何回も何回も同じこと思っては同じ言葉をもらって、ずっと理想にしてるんやから、理想と現実のギャップが辛いなら埋める努力をしよう。

強い自分になること、この優しすぎる大事な人も、その周りの人も環境もぜんぶ守れる自分になること。色々やらなあかんことはあるけど頑張ろう。それを等身大の自分って言えるまで。もう決めた。泣き言は言わない。